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NPO法人設立にあたって

 今、私は非常に忙しい、時間がいくらあっても足りない。自分の時間は、ほぼないに等しい、どうか神様時間を下さい。なぜなら、年明けの2月早々母が倒れ、プチ介護生活が始まったからだ。母はまだ自宅には戻らず、紆余曲折ありながら、ようやく回復期リハビリテーション病院へたどり着いたところだ。考えるのは寝ても覚めても母のことばかり、この間に新施設の完成、児童発達支援事業の開始、不慣れな請求業務まで本当によく頑張ったと、スポーツ選手じゃないけれど自分で自分を褒めてあげたい。
頭の中は児童福祉よりも障害者福祉よりも老人医療で一杯。一時は次女を施設に預けて、母を一時も早く自宅へ連れ帰ろうと思い、入所施設の空き状況を確認した。さすがに母と次女、そして日中の話し相手を失って老化に拍車のかかった父の世話まで、私には荷が重すぎる。母との時間を第一選択し、次女との時間はまだまだたくさんあると思ったからだ。
 しかし、入所施設は区内には勿論空きがなく、次女の通う施設の法人にも調べてもらったところ、伊豆七島の大島の施設なら融通できるとのこと、これには参った。大島では、介護生活を続けながら月に1度も会えないだろう。あまりに不憫で断念せざるを得なかった。
そして私は、もう次女のことは頑張らないことに決めたのである。ご飯を食べるために仕事は頑張らなければならない。限りある命、母のことも父のこともおろそかにはできない。だから次女のことは、今はごめんなさい。
 だいたいこの子達は、いつまで親がかりでなければならないの。保護者の集いや交流など、いろいろな会合があるけれど、幼稚園児じゃあるまいし、成人してまでそんなのやってるの障害者の親だけだよ。当事者の声が大事なら代弁してくれる第三者を見つけよう。いつ出来るか分らない施設のためにお金を貯めるより、施設間の垣根を越えて、多方面から支援を受けられる方向を模索しよう。次女が生まれて以来、自分が休めば次女は成長しないと、半ば強迫観念に囚われながら様々な活動をしてきた。休日といえばあちこち外出していたのに、今はさっぱり。でも、それで自分を責めるのは止めよう。チャンスがあれば一緒に思う存分楽しめば良い。
 その代わり、一つ新たな目標が出来た。十年計画で、次女の住むケアホームを作る。大きな窓の明るい施設、夢を一杯盛り込んで、あっ、頑張らないはずが書いちゃった。まあ夢ですから…。

理事長のひとりごと

頑張らない