葛飾幼児グループ
HOME
葛飾幼児Gについて
児童発達支援事業の活動
ある日の幼児G
ギャラリー
ご協力のお願い
理事長のひとりごと
 ・Vol.1
 ・Vol.2
 ・Vol.3
 ・Vol.4
 ・Vol.5
 ・Vol.6
 ・Vol.7
 ・Vol.8
 ・Vol.9
 ・Vol.10
 ・Vol.11
 ・Vol.12
 ・Vol.13
 ・Vol.14
 ・Vol.15
 ・Vol.16
 ・Vol.17
 ・Vol.18
 ・Vol.19
 ・Vol.20
 ・Vol.21
 ・Vol.22
 ・Vol.23
 ・Vol.24
 ・Vol.25
 ・Vol.26
 ・Vol.27
 ・Vol.28
 ・Vol.29
 ・Vol.30
 ・Vol.31
 ・Vol.32
 ・Vol.33
 ・Vol.34
リンク集
NPO法人設立にあたって

 知的障害のある娘は、特別支援学校の高等部1年生の時に路線バスで通学するよう練習し、高等部の3年間、また福祉就労してからも路線バスを利用してきました。車との接触事故や乗り過ごしがありながら、生活介護になってからも断続的に路線バスの利用を続けてきたのは、知的に重度化した娘には、もはや一人の時間がなく、家庭でも通所施設でも誰かの目が光っている、ところが路線バスの日は、施設を出てからバス停までの道歩き、バスの中、ピンポンして行き先で降りるまで一人なので、本人がとても楽しみにしていたのです。

 8月のある日、娘が約3時間行方不明になる出来事がありました。娘はここ数年、通所施設からの帰りだけ施設のバスを週3日、路線バスを週2日利用していました。その日は路線バスの日で、施設から最寄りのバス停まで5分ほど歩き、金町行の都営バスに乗って10〜15分ほどのバス停で降りるのが常でした。施設のバスの時は、バスが停まるポイントから自宅まで移動支援の送迎加算を使ってヘルパーを利用していますが(施設のバスは家人に引き渡すのが原則ですが、高齢の祖父に迎えを頼むのは酷なので)、路線バスの停留所には移動支援を使えないため、バス停から自宅まで散歩も兼ねて「しあわせサービス(社会福祉協議会・有料)」を利用していました。

 ところがその日、6時過ぎに私が帰宅すると5時前には帰宅しているはずの娘がいない。父に尋ねると父は平然と「○○はいないぞ」。少し前までは帰宅の予定時間を少しでも過ぎると心配して私に電話をくれていた父ですが、認知が落ちてきているので、その日は娘のことが全く念頭になかった様子。「しあわせサービスのMさんは?どういうこと?」取りあえず社協に電話する。「Mさんはお休みですか?こちらに連絡は来ていましたか?110番しますから確認してください!」
 娘に持たせている携帯のイマドコサーチをかけると船橋法典駅と出る。えっ?電車に乗ってる?それとも車で連れ去られてる?110番とのやり取りをするうちにイマドコの位置が新浦安駅の構内に移っている。やっぱり電車に乗った?
 7時2分、私の携帯にアトレ新浦安の警備員から電話。娘は駅のジューススタンドでジュースを欲しがったが、お金がないので警備員が呼ばれ、その警備員が首に掛けている無料パスの裏面の携帯番号に気付き電話してくれたのでした。あぁ良かった、見つかった!警備員には事情を話し、新浦安駅前交番まで連れていってもらうことにし、私はすぐにそちらに向かいました。8時過ぎようやく会えた娘は、服の乱れもなく困った様子もなく警察官に話しかけながら待っていました。

 後日、娘の足跡を辿って出かけたのですが、新浦安駅に行くには金町から乗った電車を新松戸駅で乗り換えねばならず、乗り換え経路も複雑で、おそらく人の流れに沿って、あるいは気になる人の後につくようにして偶然降り立ったのだろうと想像しました。そして、ジューススタンドはホームの階段を降りた場所、改札を抜ける前にあったのです。さぞかしジュースが欲しかったことでしょう。その日は、娘の姉と3人で好みのジュースを飲み、防災センターの警備員にお礼をして帰りました。

 実はこの件について予兆がありました。約1か月前にやはり金町まで乗り過ごした娘は、バスを降りてすぐ隣に停まっていた小岩行のバスに乗り込み、終点の小岩駅でパニックを起こした知的障害のある見ず知らずの女性と一緒にいたので、救急隊員が私の携帯に電話をくれ、私は小岩駅前交番に駆けつけたのです。その日もしあわせサービスの小さな油断から未然に防げなかったのですが、今回も結局休みの連絡が届いていなかったので、懲り懲り。そしてこれまでは乗り過ごしたり、手前で降りてしまった時は決まって、歩いて自宅を目指していたのに、先へ先へ行くようになってしまった娘をこれ以上自由にさせるのはさすがに怖くなり、路線バス利用に終止符を打つことにしたのでした。この先、何かの間違いがなければ、恐らく最後の一人旅になるであろうこの夏の出来事でした。

理事長のひとりごと

最後(?)の一人旅