Vol.35 頭が下がりますメインビジュアル

2019.06.15

私が葛飾幼児グループの職員として働き始めた時に、初めて担当したのは、色の白い少しふっくらした可愛い可愛い男の子。Mちゃんと言い、ニックネームは白クマちゃん。対人が弱く、視線をいつも斜め上に向け、なかなかこちらを見てくれない。青戸児童館のホールに積んである巧技台の上に彼を立たせ、「Mちゃん、おいで!」と手を広げると、Mちゃんは少し真剣な表情になって私に飛びつく。そして笑顔。振り回したり、トランポリンでジャンプしたり、強い刺激を好み、繰り返す。
当時の常勤職員の1人だった大先輩の赤尾が、新人の私にぴったりついて、周りに背後霊と言われつつも指導する。何せ、私は3月まで保護者の一人だったわけで、一緒に過ごしていた保護者からは、なんぼのもんじゃという視線が常にある。

Mちゃんは私の次女と同い年。当時30人ぐらいの在籍児の中に、同い年が10人ほどいた。小学校、中学校はばらけたが、高等部のある葛飾養護学校(現特別支援学校)には、大方の子どもたちが再び集まった。けれどMちゃんは、小学校からずっとママと一緒に、電車に乗って区外に通学していた。

大人になったM君は生活介護施設に通所している。色白美人で鈴をころがすような美しい声の持ち主であるママは、毎日毎日夕方はM君と一緒にウォーキングをしている。先日、二人とすれ違った時、あまりのスリムさに直ぐにはM君と気付かなかった。でも斜めの視線で、あっと振り向いた時には、すでにはるか後方に進んでいた。走って追いかけると速い!ママはいつもこんなスピードに付き合っているんだ!すごい!

この話を職員にすると、「朝いつもお母さんらしい人と一緒に歩いている男性を見ます」「たまにお父さんらしい人と歩いています」「雨の日もかっぱを着て歩いています」という情報が集まった。夕方見かけることもあるという。始めはM君以外にもそんなすごい親子がいるのかと思ったが、どうも親子の風貌などを聞き集めると、朝の親子もM君親子のような。私は矢も楯もたまらずママに電話してみた。何と、それはやはりM君で、毎日朝、夕、雨の日も雪の日も歩いているという。「Mの為だと思うから。Mは他に打ち込めることがないから、歩かないと内にこもって自傷に行ってしまうの」とママ。パパも定年になったので、今年から時々一緒に歩いてくれているという。「入所施設とか、どこかに預けようとは思わないの?」と問うと、「看てあげたいの」とママ。

毎日続けるって本当に大変なことで、それを実行しているママに対しては称賛の言葉しか浮かびません。昔、通所児の母親の一人が「私たち、くじを引いちゃったね」と言いました。障害のある人の人生は、すなわちその親の人生でもあるわけで、どんな生き方をするかは十人十色。私はM君のママに頭が下がるばかりです。